recollection vintage

2025/05/07 14:35

フレンチテーラリングという存在について考えるとき、

明快な“ディテール”というものが思い浮かばない。


イギリスなら構築性。

イタリアなら色気と軽やかさ。

ではフランスは? と聞かれると、どうにも答えに詰まってしまう。

掴みどころがなく、輪郭が曖昧で、けれど確かにそこにある。

それが、フランスのテーラリングなのかもしれません。


そして、その曖昧な美学を体現しているのが、他でもないARNYS(アルニス)という存在。

当店をご覧いただいている皆様にはもはや説明不要かもしれませんが、

今回ご紹介するこの一着、まさしくARNYSらしさの結晶です。


中庸なグレーにホワイトのチョークストライプを走らせた、起毛感のあるウールカシミヤ。

見た目からしてすでに柔らかで、手に取ると尚さらその印象は確信に変わります。

生地に宿る優しさは、そのままパターンに反映されていて、ほぼ直線のないシルエット。

ナチュラルなショルダーからヒップまでを包み込むラインには、しなやかな曲線が流れます。


パンツもまた秀逸で、太腿に余裕を残しながら、静かに裾へと落ちていくそのラインは、どこか女性的な色気さえ漂わせる。

この柔らかさは、まさにナポリ的な感性に近いかもしれません。


とはいえ、それだけでは終わらないのがARNYS。

チェンジポケットという英国的なディテールをさらりと混ぜ込んでくるあたり、混沌すら楽しんでいるように感じられる。


そして忘れてはならないのが、フィッシュマウスラペル。

なだらかなカーブを描くこの襟は、フランス的な抑制と色気の象徴とも言えるものでしょう。

仕立てはもちろん文句なし。

AMFステッチが走るラペルの返りは美しく、そこに沿って落ちる生地の重力感も見事。

生地の経年変化までもが、ここではデザインの一部となっています。


そして、このスーツの最大の魅力はやはりサイズ感にあると思います。

あからさまな“オーバーサイズ”とは違い、余白が多いのにだらしなくならない。

ゆとりがあるのに、決して緩くは見えない。

身体のラインを曖昧にすることで、逆に“意志”が見えるような、そんな矛盾を内包した美しさがあります。


テーラードという形式をまといながら、どこか未完成のような余白を残す。

そのギャップが、このスーツの持つ純粋な魅力であり、

僕たちの思想やスタイルを差し込む“余地”として存在してくれているのです。

ラガーフェルドが「100m先からでも分かる」と語ったフレンチテーラリングとは、また別の方向にあるこの異彩。

同じくフランスをルーツとしながらも、ARNYSはまったく異なる詩情を持っている。


だからこそ、“森の番人”と呼ばれるようなアイコニックなジャケットが生まれたのだと思いますし、

このスーツにも、そんな思想の片鱗がきちんと宿っています。


ファッションが趣味から“沼”へと変わってしまった皆様にこそ、ぜひ袖を通していただきたい。

この静かな完成度と、完成されきらない余白の魅力。

どうぞ、じっくりとご堪能ください。