2025/07/12 19:24

2001年頃に仕立てられたこのジャケットは、Hermès Hommeのヴェロニク・ニシャニアンが手がけた作品。
素材に選ばれたのは、バッファローレザー
──つまり水牛の革だ。
牛革の中でも流通量が少なく、ファッションの表舞台で語られることがほとんどなかったこの革に、あえて彼女が注目したのは必然だった。
それは、バッファロー特有の強靭さと、深い表情を宿すから。
ヴェロニクは、“ラグジュアリー=軽さや派手さ”
という旧来の価値観に疑問を抱き、「質量のある贅沢さ」を探し続けていた。
均質で整ったスムースカーフではなく、時間の痕跡や個体差までも肯定する革。
それが、このバッファローだった。
グレインの荒さ。
表面にうっすらと立つ起毛感。
そして何より、沈んだネイビーのような色合い。
光が当たるとわずかに藍が立ち上がり、革の表情をさらに奥深く見せる。
派手さはない。だが一枚で語れる強さがある。
それは、ヴェロニクが提唱した
“都市のリアリティ”、
「装うこと」よりも「佇まいの美しさ」を重視する哲学と見事に重なる。
彼女が求めたのは、見た目の軽快さではなく、
身体に触れたときの確かさだった。
そして着続けることで、時間とともに関係性が深まっていく服。
バッファローという素材は、
その重み・堅さ・風合いすべてを引き受ける理想のパートナーだった。
ディテールも秀逸だ。
襟にはジップで収納できるナイロン製フードを内蔵。
そして背面には、Hermèsの馬具を想起させるバックル付きレザーベルト。
これは単なる装飾ではなく、
着る人の身体に応じてシルエットを調整する機能性と
“服の構造を見せる”美学を両立した要素だ。
こうした素材とディテールの組み合わせによって、ニシャニアンは独自のメンズ像を描いた。
それは、派手さではなく佇まいの深さで語る服。
軽やかさの演出よりも、触れたときに感じる信頼感を大切にするラグジュアリーだった。
バッファローレザーは重い。
だが、その重さをあえて抱えることで得られる“存在の確かさ”がある。
それを背負う覚悟のある者にだけ、このジャケットは語りかける。
──「贅沢とは、着続けることで関係が深まることだ」と。
