2025/11/13 18:46
ダッフルコートは不思議な服です。
軍用の防寒具として生まれたにもかかわらず、学生の制服にもなり、街着として愛され、
さらにはラグジュアリーやモードの世界でも重要な存在になってきました。
その起源は16世紀頃、ベルギー・アントワープ近郊の町「Duffel」で織られていた厚手ウール生地にあります。
海風と湿気に耐えるための重く密度の高い生地は、
やがて英国海軍に採用され
機能服としてのダッフルコートが形作られていきました。
ロープと木製トグル、ゆったりとしたフード、大きなパッチポケット。
これらの“ダッフルの記号”はすべて、船上での実用性を高めるための合理の集合体です。
第二次大戦後には、軍の余剰品として学生や若者たちに広がり、ファッションの文脈へ。
こうしてダッフルは軍服から街へ、
さらにデザイナーの手によって別方向のスタイルへと変化していきました。
ダッフルコートが面白いのは、
まさにここです。
同じ“型”であるにもかかわらず、ブランドの思想によって驚くほど違う表情が生まれること。
今回は、4つのダッフルコートを通じて
「同じ形でも、ブランドが変われば服はこんなに違う」
ということをお伝えしたいと思います。
C.P. Company
"スウェットで再構築される都会のダッフル"
王道のダッフルは、厚手のウールで作られるもの。
C.P. Companyはこのセオリーを大胆に裏切り
コットン100%のスウェット生地へと置き換えています。
素材を変えるだけで、ダッフルという服はここまで印象が変わる。
ウールに宿る重量感や“クラシックらしさ”が消え、都会の日常に自然と馴染む軽快な雰囲気が立ち上がります。
フードの複雑で立体的な切り替え、
軽量なプラ製トグル。
ミリタリー的構造を残しつつ、スウェットの柔らかさを生かした設計は、
「アーカイブ的な構造を現代の生活者のためにアップデートする」
というC.P. Companyの哲学そのものです。
VERSUS(Gianni Versace)
ダッフルをレザーで仕立てるという発想そのものに、VERSUSらしい挑戦心が光ります。
本来はウールで作られるべき型をレザーに置き換えることで、ダッフルは一気に“モードの領域”へ。
レザー特有の艶、ひんやりとしたタッチ、身体に沿っていく落ち方。
そのすべてが、素朴なダッフルのイメージを更新し、都会的で官能的な表情へと向かわせています。
90年代後半〜2000年前後のVERSUSは、
若さ・奔放さ・フェティッシュさを大胆に服へ落とし込んでいた時期。
このレザーダッフルは、その文脈にきれいに重なります。
トグルやフードという“ダッフルの記号”を残したまま、
素材だけでまったく別のジャンルへ飛び越える。
素材の力でここまでムードが変わることを体感させてくれる一着です。
INVERTERE
"原型を守り抜くことで到達する、世界最高峰の「ザ・ダッフル」 "
INVERTEREのダッフルは、進化ではなく“忠実さ”によって価値を作るブランドです。
創業から100年以上続く英国名門であり、
古い織機を使って織られるジョシュア・エリス製ウールは、
世界でもほぼ再現不可能な領域へ達しています。
肩線の落ち方、生地の自重で生まれるドレープ、空気を含んで保温する密度。
着ると“布の壁”に守られているような安心感があり、ダッフル本来の機能と美しさを強く感じます。
INVERTEREの一着を前にすると、
「ダッフルとはこういうものだ」
という確固とした説得力が宿っている。
変えることではなく、守り抜くことで原型の魅力を証明しているブランドです。
Hermès(Special Order)
”言葉を必要としない、贅沢の極地”
そして最後が、Hermèsの特別注文によるフルムートンダッフル。
これに関しては、ほとんど説明を必要としません。
外側のラムムートン、
内側はすべてフルシアリング。
触れた瞬間に伝わる密度の高さ、
温度、そして素材自体が放つ存在感。
ホーンのトグルは控えめでありながら、工芸品のような美しさを持っています。
Hermèsが一貫して追求してきた
「素材そのものの力を最大化する」
という哲学が、そのまま形になった一着。
カジュアルの象徴であるダッフルという型に、これほどの贅沢を注ぎ込む。
服という道具を超えて、作品に近づいていく。
まさに“言葉はいらない”類のプロダクトです。
同じ形でも、服はまったく違う。
スウェットにすればモダンに。
レザーなら色気を帯びる。
英国の伝統を踏めば普遍へ。
ムートンで包めば贅沢の極北へ。
ダッフルコートというたった一つの型が、
ブランドの思想・素材選び・時代背景によってここまで姿を変える。
これこそアーカイブを見る醍醐味であり、ブランドの歴史に触れる面白さでもあります。
今回紹介した4点は、その豊かさを象徴するサンプルです。
ぜひ実物を手に取りながら、ブランドが込めた“解釈の違い”を楽しんでいただければと思います。
新北(@s.soichiro0211)

